Kiichi's Cafe 別冊  愛車達とともに・・・  メルセデスの風  

徒然なる Mercedes Benz W205記 

ハードボイルド未解決事件簿ファイル②  「トライバルタトゥーの女」

公休日にもまったく出掛けられない忙しい日々が続いていますが、取敢えずオイラは生きてます。
自宅に仕事を持ち帰って何とか頑張っていますが、どこにも出かけられないオイラにはブログ更新
の時間もネタもまるでなし。そんな時の切り札、今回も切っちゃいますか。





二十数年前に起きた出来事が数年前のオイラを直撃した一件。
詳細は述べられないし、質問には一切受け応えしない条件でその一部を紹介。






事実をぼかす為一部に於いて正確でない表現や架空の名称を用いていますが、概要は概ね
その通りの事件簿。決して解決も事の全容も明らかにされることのないストーリー。
何年か前に「ドラゴン・タトゥーの女」という映画が流行りましたが、そちらとはまったく関係の
ない話。陳腐なタイトルになってしまったかもしれませんが、「トライバルタトゥーの女」以外当て
はまる主題が思いつかなかったのです。





中途半端に事件に挟まれ翻弄された惨めなオイラのストーリー。





信じるも、信じないも、あなた次第・・・・
興味のない方はスルーでどうぞ。


















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数年前の冬、覚えのない宛名から一通のメールを受信した。
フィッシング詐欺やスパムメールの類かと思い削除しようとしたが、添えられた件名に気付いてメールを開いた。
件名には「会いたし。トライバルタトゥーの女の消息について」とあった。





メールを開いたのには勿論理由があった。添えられていた件名に心当たりがあったからに他ならない。
メールの中身には都内ホテルのバーラウンジの場所と名前、日時だけが書いてあった。
差出人にはD・田中とあった。





指定されていた日時は偶然なのか、勤務クルーの最終日で定時終了より遅く業務を終えても無理なく
その場所に職場から間に合う時間となっていた。親切な時間設定に感心した。





「会いたし。トライバルタトゥーの女の消息について」の件名に惹かれ、ノコノコと都内ホテルのバーへ
と赴いていったのである。





バーラウンジのテーブルには数組の客がいた。満員御礼とまではいかないが寂しいとまではいえない
ほどの客の入りだった。
バーに入るなり各客を見回してみたが、私を呼び出したD・田中らしき人物の見当はつかなかった。





暫く待ってみることにした。カウンターに歩を進めると一番右端の席に浅く腰掛けた。
グレンモーレンジィ・シグネットがあるか尋ねてみたが、生憎取り扱っていないという。
グレンモーレンジィならオリジナルの他にキンタ・ルバン12年とラサンタ12年は既に経験済みであったが、
シグネットは飲む機会に恵まれていなかったので、この機に試そうと思ったが目論見は外れてしまった。





少しばかり躊躇しているとバーテンダーが
「スコッチでしたら変わったところでラフロイグの10年がございますが」
とリコメンドをしてくれた。今日は強いスモーキーなピート香を味わいたい気分ではなかった。
カウンターの棚に目をやると、タリスカーやアードベックなどピート強めのスモーキーなものが
チラホラと目に入った。





ちょっぴりと肩を竦めて申し訳なさそうに言った。
「せっかくだけどニッカの余市でお願いします。ダブルをロックで。あとチェイサーとナッツを一緒に」
キザにならない様にオーダーをした。





やがて余市とチェイサーが現れて少し遅れてミックス・ナッツが登場した。





余市のロックをやりながら暫しD・田中と名乗る人物のことを考えていた。
そしてトライバルタトゥーの女について思いを巡らせた。





女についてその詳細を知る者は少ない。
ましてやその後の消息については私さえ知らないのである。





D・田中とは一体何者なのか?トライバルタトゥーの女について何を知っているのか。
または何を知りたがっているのか。頭の中で様々な思いが交差する。





あれこれと考えていると一人の男が私のスツールの隣りを一つ飛ばした横に座ったことに気がついた。





男は私の方に指を指してバーテンに
「同じものを」
とオーダーをした。






やがて同じものが運ばれて来るとそれに口を付けた。
眉間に皺を寄せて
「ジャパニズウイスキーか。悪くないな」
と勝手に感想を述べる。





男は正面を向いたまま
「久しぶりだね。会えて嬉しいよ」
と話しかけてきた。





正面はミラー作りになっている酒棚で互いに酒棚に写っている相手を見たまま正面を見て話し始めた。





「D・田中ってあんたそんな名前だったか?
以前に会った時は確か佐藤だったし、初めて会った時は鈴木と名乗っていた。
あんた何故突然俺の周りに現れるんだ?
メールアドレスだって・・・、会社も仕事も、勤務のことだってご存知の様だし・・・。」





「公安か内調(内閣調査室)?陸幕2部辺りの生き残り?何故俺に付きまとう?
あんた方に付きまとわれる覚えは生憎思い当たらないね。」
知る限りの乏しい知識を無理に絞り出したに過ぎないが相手の出方をうかがってみる。





「ほう、いろんな方面に詳しいね。でも陸幕2部なんて古いなぁ。今は情報本部で統一されているらしいぞ。
それに君が並べた組織は一般人には思いつかない事だし、口にすることは先ずない。
そんなお役所に目を付けられる人物なのかな。君は・・・」





ハッタリはやはり見破られた・・・
自分の吐いた陳腐な台詞を恥じた。
相手に安く見られた気がしたのだ。





「ふーん、呼びつけておいてこれか?用がないのなら失礼するよ」 
私がそういって席をたとうとすると
「おっと、これは失礼。トライバルタトゥーの女について君がその後の情報を知りたいのではないかと思ってね。
良かったらその情報を共有、いや教えて差し上げたいと思っているのだよ」
と右手を挙げて私を制しているのがミラー越しに見てとれた。






「知りたくなきゃ、ここまでわざわざ出向いて来ないでしょう」
自信たっぷりな目でミラー越しに私を値踏みしている様に見えた。





「いや、知りたいと思わないね。教えて頂かなくて結構」
なおも席を起とうとする私を制止しようと試みる。





「じゃあ、なんでここに来た?」
少しばかり声のトーンが上がった。相手も多少イラついている様だ。





「知らなくていいこともある。あんたは何故俺がそのことを知りたがっていると思う?俺の立場からすれば、
誰かが女の消息を知りたがっていることが問題なんだ。女の消息を嗅ぎまわっている人間にあたりを付ける為
だとは思わないのか?あんたの送ってきたあの件名からはトライバルタトゥーの女の消息を知りたがっているのか、
その後の消息を伝えたがっているのか、わからないからね。前者でなければそれで結構。後者であれば興味はない。
あんた方ならとっくに女の消息はご存知だろうしね。あんた方が女の消息を知るために俺のまわりをうろついている
なら問題大有りだね。あんた方もたいしたことないっていうことさ。何れにしてもこちらからは用件はないね」





「お会計」
バーテンダーに声を掛ける。




バーテンダーは少し困った表情で言った。
「他のお客様に迷惑が掛かる心配はございません。ごゆっくりとこちらの田中様とお話して頂いて構いませんので」





「??」
周囲を見ると他の客が誰一人いなくなっていた。




バーテンダーに向かって言った。
「あんたもこいつの仲間ってわけか?ここにいた客たちも?」





バーテンダーは落ち着いた表情で答えた。
「私は関係者でありますが、他のお客は一般の方。急な事情が発生して本日は閉店することになった
ということでここから退去してもらいました。入口にはクローズドの札も掛けてあります。
遠慮なくお話いただいて結構です」
冷徹な笑顔にはたっぷりの皮肉が込められていた。





「豪勢だね。貸切りなんて。あんた方で飲んでいればいい」
そういって財布から5千円札を一枚出すとカウンターにそっと置いた。
「おつりは結構。見送りも結構。そちらの宴会を邪魔したら悪いので失礼させていただく」
私はスツールから立ち上がった。





となりに腰掛けている田中が仲間のバーテンダーに軽く手を挙げて制しているのが見えた。
「ここはひとつ、君は黙っていてくれないか。私は彼と話したいのだよ」
バーテンダーはD・田中に恭しく頷いてみせた。





「さっきも言った通りこちらに話はない。教えて頂く話もない。女のことについても興味がない。
何故今更済んでいる話を持ち出す?結末はあんた方も知っているだろう。女についての情報を共有したい
と言ったがこちらはそんなことに興味はない」





田中はスーツの内ポケットからタバコを取り出すと火をつけて煙を静かに吐き出した。
「女が窮地に陥っていて助けが必要だとしても、君は冷たく突き放すのかね?見て見ぬ振りを?
我々だけが女の力になることが出来るのに?それを知りたくない?かかわり合いたくないと?
君も冷たい男だね。もっともどこまでが本音かわかり兼ねるが・・・。
君以外にも数名が女を助けたことはわかっている。だが君以外はすべて地下へと潜った。
その数名の人物は特定さえ出来ない。君ら一体何者なんだ?・・・。
君の素性はサッと調べれば直ぐにわかったよ。だが後の数人は名前も素性も一切わからない。
顔さえも・・・。そして君との関係も・・・」





D・田中の狙いがわかった気がした。
「トライバルタトゥーの女」は私をおびき寄せるためのただのエサだった。
D・田中たちは女の情報を掴んでいないし、関わった者たちを探しているのだ。
どうやらマヌケはお互い様のようだ。
しかし、何故今なのだろうか。二十数年も経った今?
疑問が頭を過る・・・





私は立ったままミラー越しでなく、直接田中と名乗る男の方を見て話した。
「繰り返すが、出来る話、知った話はない。あんた方の思い込みだ。あの女と関わったのはあの件が最初で最後だ。
成り行き上、こちらが巻き込まれただけだ。あんた方の言う数名の人物と俺とは何の関係もないし、そんな人物たちは
俺は知らない。仮に数名の人物が関わっているのが事実ならば、それは別の側面からの作用だと思う。
そう考えることはあんた方には出来ないのか?女の件だけではなく、その数名の人物の特定が出来ずに、
俺をつけまわしていたのか?俺がそいつらの仲間だと思って?あんた方もたいしたことないな。的外れもいいところだ。
そもそも素性を明かさず人をつけまわす様な人間に話すことは何もないということだ。
失礼させていただく。こう見えて一緒に酒を飲む人間は選ぶ主義なんでね」





入口のドアまで行くと後ろを振り返って付け足した。





「一つだけ教えておくよ。あんた方があのメールを送ってきた後に別のメールが届いた。
そこにはトライバルタトゥーの女に関する問合せや連絡があったら知らせて欲しいとね。
あんた方のメールをそちらへ転送しておいたよ。
だから指定された場所や時間も他に知っている者がいるってこと」





田中が口元を歪めて笑った。
「なるほど、ここに来るにあたっては保険をかけて来たと。思った以上にキレるな。
だがこちらがハッタリだと思わないとでも・・・。ブラフを見分けるのはプロ級の腕前なんだがね」





「俺が出て行けばブラフかどうか直ぐにわかると思うよ」
確証や根拠はなくとも、私の勘は間違いないと告げていた。





バーのドアを出ると数名の体格のいい男たちが立っていた。
私は一瞬たじろいだ。D・田中たちの仲間か、期待している応援部隊か、見当がつかなかったからだ。





日本人か日系人?白人も2名ほどいて全部で7人確認出来た。
日本人に見える男と白人の内の一人の男は私がバーに足を踏み入れた時には既に店にいた客だった。
どうやら私の勘は当たっていたようだ。





彼らに意地の悪い言い方で訪ねてみた。
「大使館の方からいらした方々ですね?」





日本人らしい見かけの男がそれに対して複雑な表情をして見せたが小さく頷いてみせた。
「感謝します。あとは我々が話をつけます」
と笑顔で私の肩に手を置いた。





「それよりも、あちらが俺のまわりをウロチョロするのを止めさせられるかな?」
念のために尋ねてみた。





日本人らしい男は頷いた。
「そのためにこちらへと来ました。この件に触れるのはもはや御法度であることをあちらさんに理解していただく
必要がありますので。あなたのことは彼女から聞いています」





男たちはバーラウンジの中へと消えていった。





私は重い足取りでバーをあとにした。





このまま家に帰るには気が重かった。





電車で東京駅と向かった。





一杯引っ掛けてから帰ることにした。
余市一杯だけでは半端な気持ちはおさまらないとわかっていたから・・・





一軒のバーを見つけて店に入ると、今度は強いスモーキーなピート香で満たされたくなった。
まったく人間て奴は適当でいい加減だ・・・





酒棚に目をやるとアードベックが目に入った。
アードベックをダブルのロックで頼み、チェイサーとつまみにサラミをオーダーした。





グラスを回して香りと音を楽しむとグラスに口をつけた。





私が横浜で二十数年前に巻き込まれた一件が未だに尾を引いているのは驚きだった。





男達に追われていた少女に助けを求められ、求めに応じて助けただけのはずが、様々な
出来事に波及していったのだった。





当時まだ10代後半だったであろう少女の身体には、左の胸の鎖骨から左肩にかけてトライバル柄のタトゥー
が彫られていた。彼女を逃がす際に偶然目に入ったのであった。少女の名前すら知らないし、素性も知らない。
偶然巻き込まれただけの逃走劇・・・





ただ、あの時に助けを求められて、それに応えた自分。
「助けて」と突然私の腕にしがみついてきた少女。
断ることも、見捨てることも出来た・・・そうすべきだったのかもしれない。
だが、その時助けると決めた。守ると決めた。それだけのこと・・・





警察に助けを求めることを強く勧めたが、少女はそれを頑なに拒否した。
警察は追手の意図する通りに働く、彼女が最も警戒すべき対象だと彼女自身が確信していることが
その理由だった。彼女を追う者達は一人で逃げる少女に比べて遥かに大きな力と存在であることは、
彼女との逃走劇の中で私も十分に思い知らされたのであった。





追手を振り切って、横浜の海岸通りから六本木までの逃走劇。
追手の規模は大きく複数のグループで少女を追っていることは明らかであった。
D・田中と名乗る男も追手の中の一人だった。その時には佐藤と名乗っていた。





その騒動の数年前に起きた東芝不正輸出事件の取材で私の目の前に現れた男がこの佐藤という男だった。
彼は雑誌社の記者の鈴木を名乗り、私や同僚に東芝の不正輸出に関わるインタビューを申し込んできた
人物であった。東芝はココムに違反してソ連に多軸制御付きの旋盤を不正に輸出していた。ソ連の原潜の
動向が突如、米軍や自衛隊で把握出来ない事態が起こった。東芝がココムに違反して不正にソ連に対共産圏
輸出禁止品を売買していることがCIAの調査で明るみに出た。商社や製造メーカー、東芝などの輸出にも関わる
仕事をしていた我々にマスコミが取材を申し込んでくることは別段不思議ではなかったが、私も同僚もこの申し
出に協力することはなかった。そんな因縁がD・田中とはあった。だがどう考えてもこの件とは無関係のはず。
D・田中と不思議な腐れ縁ともいえる因縁でつながっていたことに驚くばかりであった。





追跡は熾烈を極めた。
あの手この手で逃げ道を塞がれた。





だが無事に彼女を約束の地まで届けた・・・





それで終わりのはずだった・・・





トライバルタトゥーを背負った少女が何処の誰かはまったく知らない。
追われていた理由さえも・・・





二十数年の時を越えて思い出されるのは、少女の必死の形相とトライバルタトゥーだけ・・・
彼女の保護を約束する場所までのひたすらの逃走・・・





どうやら何もわからないまま、二十数年の時を経てやっとこの歪んだ出来事から解放された様だ・・・





どうせ何もわからないだろうし、何も知りたくはない。ただ彼女が無事であればそれで良かった。
あの少女も健在であれば40歳を超える年齢に達しているはずである。





アードベックの3杯目を飲み干す頃には気持ちもだいぶ落ち着いた・・・





支払いを済ますと店を出た。





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外の空気はとても冷たかった。コートの襟を立てて家路と向かう中、人込みの中にふと少女の姿を探す。





無意味な長年の習慣に思わず自笑で口元が歪む。
この習慣は癖となり、二十数年間、無意識に行って来たことだった。





あれから数年が経つが、その後この件に関して私の周りでは何も起こっていないし、D・田中なる人物や
その仲間からの接触もない。D・田中は一体何者で、本当のところ何が目的で、何を知りたかったのか。
二十数年を経て何故接触してきたのか。肝心の部分はまったく闇の中となってしまった。疑問は尽きる
ことはなかったが考えないことにしている。二十数年前の発端となった件でさえその全容を知らないのだ。





そこにこそ大もとの原因があるのかもしれない。だが、それは私には関係のないことであり、そこに興味
を持つということは自ら深入りすることを意味する。私はそこに足を踏み入れるべきでないことくらいは
本能的に理解していた。素人の私だからこそ、D・田中たちも私には直接の危害を加えなかったことは
わかっている。一線を超えていれば容赦なく排除されていたに違いない。





どこかの街で静かに暮らしているであろう彼女のことをたまに思い出すのも悪くはない。





つまらない話でした・・・





それではまた・・・





_、_  )y━~~~








See you next time.



















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若かりし日の思い出

師走に入って更に大忙し。どこにも出かけられないオイラはブログ更新
の時間もネタもないけれど、今回もちょっぴりアウトローなストーリーを紹介。



自慢の武勇伝なんて思わないで最後まで読んでみて。
期待を裏切らないから。あれ?どういう風に裏切らないんだ?



ファクトか?フィクションか? 勝手に想像してね^^



興味のない方はスルーでどうぞ。




それでは昔話の始まりです。












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25年位前。
横浜市中区新山下町。某海運会社横浜営業所内事務室。午後7時頃。








「12対2って、本気ですか?」 海藤(仮名)が言った。
「正気じゃない・・・」 そう言って首を横に振った。



「こっちは最初から12対1だと思っている。痛い目に合う前に帰れ。
お前にはまだ無理だ。足手まといなんだよ」 私は面倒臭そうに返した。



「勝算はあるんですか?」 と海藤。



「そんなもの知るか!とっとと帰れ」 そう言ってオフィスから飛び出す私。
「必ず追いかけます。待っていて下さい。早まらないで!」
背後から声が追いかけて来る。



会社の階段を駆け下りて、青信号の横断歩道を駆け抜ける。



雑居ビルの一室のドアの前で場所を確認する。勢い良くドアを開け放ち、
初っ端から全力で突っ込んで行く。



室内から大声が湧き上がる。














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横浜市中区山下埠頭。同日の午前。








山下埠頭の保税上屋に停泊中のソ連船籍の在来船に輸出貨物を積込む為のE/D
(輸出許可書)とS/O(船積み指示書)、B/L(船荷証券)等を持込んで船積み手続き
が終わると、ソ連船へと向かった。



船側まで行くとタラップに手を掛けて船内に声を掛ける。「ズドラーストヴィッチェ」。
船員が顔を覗かせたので、船長託送がある旨を申し出て船長室への案内を請う。



輸出許可書や特段B/Lなどの船積み書類の発行がなくとも外国に荷物を持ち出
せる方法がある。船(機)長託送という方法で、個人的に使用する荷物を船長に
託して船長が到着地の税関でその荷物を見せて口頭で持込品として申告する
方法である。



この場合には輸入申告書の作成は不要で専ら税関長の処分によって支払うべき
関税等が決定する。所謂、賦課課税方式の輸入申告がとられる(通常は輸入を
行おうとする者が輸入申告書を作成し税関に納税申告することで輸入手続きが
開始される)。



但し、輸出時に於いては別途(税関様式C第5340号)の用紙にて税関に託送品
の申告をする必要はあるのだが、E/DやB/Lなどは不要となる(荷物が一定の
条件に当てはまる場合に限る)。



船長託送は船長への直接手渡しが原則となっていた。
案内してくれる船員は女性クルーで身長は概ね185センチ程、体重は優に100キロ
を超えている体躯の持ち主で、彼女の二の腕は私の太ももほどの太さがある。
彼女は咥えていた煙草をバケツに放り入れて消した。



旧ソ連では女性の船員や肉体労働者は決して珍しい存在ではなかった。
男女の性別が問題なのではなく、その労働に従事出来るか否かが問題
なのである。また旧ソビエトの共産主義体制下では、外国航路の船員は
海外へと渡航する性質上の職業であることから、一定以上の能力や身元
の担保が必要とされていたと思われる。
所謂エリート階級ではないものの選ばれた者でなければ就ける職業で
はない。また家族が国にいることは一定の条件であり、渡航先での亡命
を危惧してのことであることは誰にでも容易に想像出来た。



ブリッジ脇のハッチから船内へ通されて、やがて船長室へと案内される。
船長室の扉をクルーがノックすると船長室から「ダー」と反応がある。
クルーが船長託送の旨を船長に伝える。
船長に書類と小脇に抱えた荷物を渡す。船長に「スパシーバ」と礼を言う。
「パジャールスタ」船長は敬礼で返礼をしてくれた。



「スパシーバ」、女性クルーにタラップまで案内されて礼をいう。
「スパシーバチキ」、クルーがしかめっ面から笑顔になって答えた。
彼女は煙草を取り出そうとするもソ連製の煙草の箱は空で、彼女はそれを
握り潰した。「ティフ、チョルト・バジミー(ちぇ、ちくしょうめ)」と聞こえた。



私は彼女のためにまだ半分以上残っている煙草の箱を投げて渡した。
アメリカ製のKOOLだったが彼女は再び笑顔を見せた。
「バリショーェ スパシーバ」、そう言って煙草の箱から1本取り出そうとして、
煙草の空いたスペースに使い捨てライターが入っているのを見て驚いた
表情をした。



日常的な使い捨てライターも当時のソ連では貴重品であったからだ。
この時代洋モクでも二百数十円台であったが、東欧や一部ヨーロッパでは
アメリカ産煙草は高級品であった。国によってはマルボロ1カートン(10箱)
で身を売る女性もいたという話を聞いたことがある。



彼女が1本抜いて火をつけて残りを返そうとするので、ロシア語が出来ない
私は“You can keep it.”とジェスチャーで彼女に伝えると彼女はニッコリと
笑って”Thank you very much.”と英語で応えた。
私は大きく手を振って女性クルーに別れを告げた。
彼女も手を振って応えてくれた。



この頃、中南米や中国・ソ連・東欧の国々の船員は日本の港に到着すると
古自転車やらそのパーツを買い込んで手持ち品として持ち帰る習慣があった。
その他、使い捨てライターや使い捨てカイロ、色鉛筆やシャープペンや消しゴム、
中古の衣類など。



転売や自己使用目的と思われるが、これらの国々の船員はこれが航海の
唯一の特権であった様に思う。勿論資金に余裕のある船員しか出来ない
わけで北朝鮮の船員やこの頃のソ連船の船員では稀であったが、数年も
しないうちに買付けを兼ねる船員はかなり増えていた。



埠頭には自転車を押して出来る限りの荷物を自転車に積んで本船に運ぶ
船員を見かけたものである。



そんな光景を横目にしながら、この日は新山下の事務所と山下埠頭の税関
支署と市営上屋との往復に追われる1日を過ごしたのであった。



その日の夕方、山下埠頭の一角で十人前後の中国人グループが、ロシア人
3人を取り囲んでいた。明らかに多勢に無勢でロシア人が不利な状況であった。
取り囲む中国人は凶暴そうな者もいれば、そうでなさそうなのもいる。
対してロシア人は午前中にあった例の女性クルーと2名の男性クルー。
女性クルーが一番強そうであったが、手に手にモノを持った中国人に囲まれて
明らかに不利であった。



しばらく車中から様子を伺う事にした。やはりチョッカイを出しているのは中国人
たちで、取り囲んでロシア人をからかったり冷やかしたりしている様であった。



共産圏同士の争いに首を突っ込む気は更々に持ち合わせていない私であった。
つまらない正義感など一切持ち合わせていない。
くだらない争いに巻き込まれるのはご免である。



そう思って車を出そうとした時のことである。
棒状のものを女性クルーに振り下ろす中国人の姿が見えた。
女性クルーが倒れ込むのが見えた。



私の中で何かが弾けた。
私はセレクトレバーをドライブに入れるとけたたましくクラクションを鳴らして
アクセルを踏み、中国人グループの中に車を乗り入れた。
車から降りると中国人たちを得意の眼付けで威嚇した。



クラクションの音に驚いた人々が何事かと倉庫やオフィスから飛び出して
来て我々を囲んだ。



大勢の人間が現れたため、中国人たちは一箇所に集まり、やがて周囲を
憚って撤収していった。その際に憎悪ある視線を私に投げかけて・・・。



中国人たちは私を睨みながら沢山の荷物を積んだ自転車を押していく。
彼らが自転車を押していく先にある中国船は私にはわかっていた。
そして目聡い私は一瞬で彼らの弱みを見抜いた。



ロシア人女性クルーに”Are you OK ?” と聞くと"Okay, alright. thank you”
と返事が返ってきた。



2人のか細いクルーに支えられて女性クルーは本船へと向かっていった。
彼らクルーたちも「スパシーバ」と私に一応の礼を述べていった。
女性クルーが「ダスビター二ァ」と振り返って言った。
今夜出港なのだろう。「ダスビター二ァ」と返した。



「余計なことをした」と後悔した。だが、間違ったことはしていないと思った。



まだ血気盛んな若造だった私は傍若無人な中国人たちの振る舞いに
堪忍袋の緒が切れたのであった。決して正義感からなどではない。
中国人ごときがこの日本で、更に私の目の前で、好き勝手やっている
ことに対しての怒りの現れなのであった。



幼稚なままの怒りを爆発させた私は収まりの悪いままこの場をあとにした。



ただ中国人たちに対する執念深さだけは消し去ることなく・・・












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横浜市中区新山下町。某雑居ビルのドア前。 同日午後7時過ぎ。







「ここだ」。



勢い良くドアを開け放ち、足を踏み入れる。



室内から大きな声が響き渡る。



「やぁ、待たせてゴメン」



この日は会社の女子たちの飲み会で私と海藤(仮名)の2名だけが
男性で飲み会に招待されていたのであった。



暫し女子12名と私1人で楽しんでいるところに海藤が遅れて現れた。



「信じられない。まったく、自分だけよく抜け駆けできますね」と海藤。



「なんだ、遠慮して来ないかと思っていた。気が利かないな」と私。



「そんなにモテたいんですか」と海藤。



「あー、モテたいね!」と私。



おねぇちゃんが付く店には絶対に行かない私ではあるが、素人の
おねぇちゃんと飲むのは何よりも大好きな私であった。
玄人(プロ)のいる店には一切行かないが、素人のおねぇちゃんは
大好きなのであった。



まだ自分を知らない20代後半の最低の男でもあった。
そして夢は酒池肉林であった。



28 - コピー
12名の会社の女子に囲まれてご満悦の私。デレデレである。良き思い出であった。












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えっ!あの中国人たちに殴り込みに行ったかと思ったって!?
誰が??



平和主義の優男の私がそんなことするはずがあるわけないでしょう。



「ただ中国人たちに対する執念深さだけは消し去ることなく・・・」って
あの行(くだり)は何っ?って。



「目聡い私は一瞬で彼らの弱みを見抜いた」って行(くだり)も何?って・・・



あーあ、あれね。あいつらが押していたチャリンコ。あれ鍵が壊されてた
んだよね。あれは盗難自転車だって見破ったの。



そこで水上警察に匿名の電話。「中国人が駐輪している自転車盗んで
行きました」って。「山下埠頭の○○という船に出入りしています」って。
後は税関に「中国人が盗品を船に積み込んでいます」って。これで後は
警察と税関が中国人を訪ねて行って調べてくれる。当分船員として日本
に入港出来ないでしょ。証拠が出ちゃうから。本船の出港も遅れたら奴ら
の国で処分もんでしょ。あいつら。



オイラを正義の味方か何かと勘違いしてませんか?



どんな手を使っても相手を貶める卑怯な男でもあるのであった。



これも若かりし頃の「若気の至り」のなせる業なのかもしれないと
思うことにしている。



ファクトか?フィクションか? 勝手に想像してね^^












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2016年11月25日  京急線 大鳥居駅前 政次郎 午後6時30分







日々闘いに明け暮れる戦士にも休養は必要である。

政次郎大鳥居







独り焼き鳥屋の個室で静かに飲むのもまた一興(酔狂の間違えか)。
オイラも年を重ねて若い頃とは違った楽しみ方を知っているのである。

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てなことはなくて、別会社のおねぇちゃんたちとの飲み会でした。
若い女子4名とオイラとの飲み会です。前々からの約束ですからね^^

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若い頃と違って全額負担というところが違いかなぁ・・・。
焼き鳥屋でこれって高いよね。そんなに食べてないのに・・・

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今や若いおねぇちゃんに財布扱いされてしまうオヤジへと変貌を遂げています・・・







馬鹿は死んでも治らない・・・チーンΩヽ(-"-; )









See you next time. ꉂꉂ ( ˆᴗˆ )✌












I’ll be there.

最近思った以上に毎日が重いし、自由が利かない。
更に、諸事情により出掛けることも困難な状況が当面続くと思われる。
車もグルメも当分は出番なしかなぁ、とも思ったりしています。
そこで今回もちょっと変わった話。



退屈でなかったら聞いてみる?つまらない話だけど・・・



それじゃ先ずはこのBGMを押してからどうぞ



I'll Be There   /   Tina





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                       ●

                       ●





世の中にはどうにもこうにもついていない人がいる。
またどうにもこうにもついていない時がある。
私自身、自身の考えではあまりついているタイプの人間
だとは思っていない。そう自覚している。
いや、していたというべきだろうか。
あのことがあった日までは。



これまた若い頃の話で恐縮であるが、今からかれこれ25年位前の
事である。当時横浜に営業所を持つ小さな海運会社に就職していた私は、
連日連夜深夜の2時や3時まで事務所で働いていることはそんなに珍しい
ことではなかった。



入社当時は、船積み書類を担当するオペレーション部署で在来船の船積書類
であるB/LやS/Oの発行、コンテナ船での輸出のために必要なドキュメントで
あるD/RやCLPなどを作成していた。



その後、通関業務の担当部署に人員の空きが出来たためにそちらに回される
ことになった。当面、輸出通関を担当することになった。輸出通関は主に製造
メーカーや商社が取扱う荷物を速やかに船積み出来るまでにする一連の作業
を含む。



例えば保税蔵置場(倉庫)の手配、船舶のブッキング、検量の手配、通関書類
の作成、B/LやD/R、CLPといった書類の作成、それらの蔵置場への持込み、
搬出手続きまでをいう。FCLやLCLといったコンテナ詰め貨物は勿論のこと、
大型機械や特殊重機、プラント貨物、バラ積み貨物までを広く扱う。



タリフ(税率表)を自在に引いて税番分類を適切に行い、やがて様々な輸出
他法令や外為法を理解、その適用の有無を判断し、一通りの輸出業務を覚えた
頃の出来事であった。私がまだ輸入業務を覚える前のことであった。



コンテナ船を目一杯待たせていたので(本船の貨物の大半を占める大口の
重量貨物は船会社にとっては重要だったのだ)、税関から許可された輸出
許可書(E/D)とそのコピーに、急いで打ち上げたD/RとCLPをセットすると、
新山下の事務所から本牧D突堤へと向かった(大昔の話です)。
勿論事務所を出る前に、これから船積み書類一式を持って向かうことは
船会社には電話で告げてある。社用車は商業用のカローラバンだったように
思う。既に暮れも押し迫る12月の事の様に記憶している。



コンテナ船を待たせているのでアクセル全開で新山下からD埠頭へと向かう。
本牧の海員生協(シーメンズクラブ)前を抜けたところで、いきなり人が飛び
出してきた。慌ててブレーキを踏み、ステアリングを切って接触を回避した。



一人の女性が手を広げて車の前に立ち塞がっている。クラクションを鳴らして
女性を排除しようとするも、なおも必死に車の前に立ち塞がる。



尋常でないことを悟った私はドアを開け、車外へ出ると女性に向かって声を
掛けた。「どうしました?何があったんですか?」



女性は声を荒げて言った。
「お願いです。車に乗せて下さい。急いでいるんです。」



私は呆れて答えた。「こちらも急いでいるんだ。危ない真似はやめてくれ。」
ついてないと心の中で悪態をつく。



尚も女性は必死の形相で「後生だから。お願い・・・」
声はしゃがれて語尾が聞き取れない。



「こっちは仕事で至急の用件なんだ。寄り道なんかしてられない。
他をあたってくれ」
私は冷たく突き放すように言い放った。



「お願い。本牧D埠頭に行きたいの・・・船が出てしまう」そう言うと、
社用車の前で泣き崩れてしまった。



私が今急いで向かっている行き先と女性が発した場所が一致した。
先を急ぐ私は咄嗟に言った。「急いで助手席に乗って」



女性はパッと希望を見出したような表情になった。
その表情はもう一度私から確証の言葉を得たいかの様に見えた。



私は再び促した。
「急いで。早く」
まったくもってついてない、もう一度悪態をついて自身に嘆いてみる。



D埠頭へ向かう車中で女性に尋ねた。
「D埠頭へは何しに?あそこは貨物船のバースだ。
一般の人は立ち入れないよ。しかもこんな時間に・・・」
助手席に座った女性の方に視線を移した。



女性は悪びれずに答えた。
「彼が、婚約者が貨物船の乗組員なんです・・・」



暫くの間沈黙が続く・・・



「今日会えないと数ヶ月は会えないんです・・・」
まだ携帯電話がない時代であったし、この当時は海に出た外国航路の
船員と一般人との連絡手段は非常に限られていた。



女性は続けた。
「バスであそこまで行けたけど、乗ったバスは本牧埠頭には入らないって。
あそこで降りて後は歩くかタクシーを捕まえるしかないって言われて・・・。
タクシーを待ったけど全然タクシーが通らなくて・・・D埠頭までどうやって
行ったら・・・」



私は大きく吐き出す様にため息をついた
「俺が向かっているのは本牧D埠頭のコンテナヤードだ。MOの船の締切で
出航を待たせている。多分同じ船だろう」



女性はそれじゃぁという表情になった。



私はそれを遮る様に言った。
「間に合うと思うよ。俺が持っていく書類を待っているはずだから・・・
でも会えるかどうかは俺にはわからない。」



女性が助手席で大きく頷くのが見えた。



やがて車はD埠頭の奥に到着した。
私はサイドブレーキを引くと女性を促した。
「さあ、急いで」



受付けで書類を渡して無事手続きを終えた。
同時にその事務所の人に事情を話した。
事情を聞いた人は素早くどこかへ電話を掛けた。



その人が言う。
「車でそのまま船側まで行って。特別に入っていいから」



私は頷いて礼を言うと女性を促した。
事務所前に停めた車に乗り込むとゲートへ侵入。やがて船尾側の
船側に車をつけた。本船のタラップを1人の外国人が駆け降りて来た。



私たちは車から降りてそれを待った。
やがて白人の男性とその女性はしっかりと抱きしめ合った。



私は背中を向けて二人のために時間を作った。
ポケットから煙草の箱を取りだして1本咥えて火を着けた。



空を見上げるも、晴れている筈なのに星は見えない。
ただ夜霧があたりを包んでいる。



本船が汽笛を鳴らした。
出来過ぎじゃねぇのかと口の端で笑ってみる。



どこか離れた場所でそれに応える様に汽笛が返って来る。
参ったな。とんだ茶番に巻き込まれちまった、
と小声で自分に悪態をつく。



5分か10分か、幾ばくかの時を過ごした二人は別れを惜しんでやがて
離れた。白人男性は私に礼を述べてタラップを駆け登っていった。



やがて本船はバースをゆっくりと離れ始めた。船尾には男性と他の
クルーが数人集まって名残り惜しそうに手を振っていた。
それに応える女性。



船が暗闇の海に溶け込むまで船を見送る女性。



まったく、ついてないぜ。
女性を石川町の駅で降ろして、帰って残った仕事を片付けないと。



私は女性を助手席のシートに乗せると車を走らせた。



今夜も徹夜かな。思わず1人苦笑する。何故か悪い気はしなかった。
案外ついてないことも悪いばかりじゃないのかも・・・
そう思えた出来事だった。



24 - コピー

新山下の海運会社事務所にて(赤い矢印の先は当時のオイラ)





                       ●

                       ●

                       ●





つまらない話で恐縮。



この話の続きが知りたい?
そんなものはないよ。好きに想像してくれ。



税関検査で過去最大量の麻薬が押収された時に立ち会った時の
話とか、ココム輸出規制にまつわる東芝の不正輸出とソ連とCIA
の話とか、このビジネスを長くしているといろんな面白い話はあるさ。
不幸にもアンラッキーな場面に立ち会うことが多かったからね。



でもね、それは駄目だな。話せることと話せないことがある。まだ
いろんなところに影響がある可能性があるからね。それに商売上
秘密厳守って奴があるからね。所謂、守秘義務ていう掟だね。



プロの掟って奴さ。



また気が向いたら、つまらない話でもしてみるよ。



それまでご機嫌よう。



では・・・。















ハードボイルド未解決事件簿 ファイル① 「間違えられた男」

今回は車もグルメも登場しない、ちょっとばかり危険な香り
がするストーリー。いつものおどけたオイラやきいちゃんの
世界とは少しばかり違うお話です。



下のBGMをポチッと押してから本編をお読み下さい。



モーニン / アートブレーキ―



私の過去の物語・・・。物語と言っても絵空事じゃあない。
被害妄想が生み出した思い込みでもない。歴とした事実。
勿論ご自慢の武勇伝というわけでもない。
私が巻き込まれた出来事。ただそれだけの事。



この話をするにあたっては、私の容姿について若干触れておく
必要がある。というのも私の容姿がもたらした誤解から生じた
問題だからである。



私はハッキリ言って容姿にまったく自信がない。
外見で異性にモテた記憶はないし、またその自覚もない。
自分に甘い私は自分自身を醜男だとは思ってはいない。
だからと言って、色男だとも思ってはいない。
平凡なルックスだと自惚れている節はあるが、外見は
大きなコンプレックスとなっているのは事実である。



モテたわけではないが女性と付き合ったことがないわけではない。
モテはしないがそれなりに人並みに色恋の経験はあると思っている。
因みに当ブログの過去記事「【番外編】趣味未満の慰み・・・私の場合」
に登場する人物画はすべて私の元交際相手であるとだけ言っておく。



満足いく造作ではないが、生きていけないほどではないと思っている。
容姿の何が問題なのか?いわゆる人相、顔つきということが問題だ
と思っている。「人相が悪い」「怖い」「悪い人だと思った」というのが
概ね外観から述べられる世間の私への評価である。悲しいことではある
が、「これを受け止めて生きている私は寧ろ立派な人間ではないのか」と
まで思うまで、自己救済の思考で辛うじてプライドを保っているまでに
追い詰められているのだ。



学生時代にはそこまで露骨に顔の事を言われたことはなかった。精々、
「不良だったでしょう」「アンタッチャブルな香りがする」程度であった。
それが社会へ出た途端にいわれなき差別を受けるまでになったのである。
例えば、転職して今の会社に入社して数年後、今まで長かった髪から短髪
にした時のことである。いわゆる坊主頭にしたのであるが、その時の社長
から一言。「○○、お前、顔怖すぎるから坊主禁止!」と坊主頭禁止令が
発布される始末。私が38歳の時の事である。



38歳の頃の写真(坊主頭姿)

kiichis-01 -01



その後、社長が2代変わったので再び坊主頭を試みるも、その時の社長から
の一言が「お前、人相悪いから坊主禁止だろ。引継ぎ事項にそうあったぞ」。
「・・・はい、すみません」。私が40代半ばに差し掛かった時のことであった。



40代半ばの頃の写真(坊主頭姿)

kiichis-02 - 02



コンプレックスであるはずの外見を今回晒すには実は理由がある。
普通の人の感覚ではこれからする私の話を実話だと信じていただけない
可能性があるからにほかならない。恵まれた外見の持ち主の方は先ず
この様なことに巻き込まれることはないであろう。それ故、フィクションに
しか聞こえないと思われるからだ。10年以上前の写真でもあり、今は
この様な容姿ではなくなっていることもあり、敢えて少ない写真の中から
過去の姿を公開することにしたのである。
※一定期間経過した為、写真は修正入のものに差替え済みです。


そんな外観の持ち主の私が巻き込まれたハードボイルドな事件。私が今の
会社に転職する前の話だから、ざっと19~20年前の話である。歳は34~
35歳だったと記憶している。貿易関係を生業としていた私は山下町にある
海運会社から、関内に営業所を持つ大手の通関業者へと転職して7~8年
目を迎えていた。勿論この時は坊主頭ではない。むしろ長目の髪型であった。



冬のある日、仕事の帰りに関内か伊勢佐木町あたりのバーで軽く飲んでから
帰ろうと、いきつけの関内のバーへと出掛けた。週末であいにく店は満席だった。
私は早々に諦めて直ぐ近くのもう一軒のバーを覘いた。
こちらの店「C.O.D」も満席だった。



私はスーツに羽織った黒いカシミアのロングコートをなびかせながら、ズボン
の両方のポケットに両方の手を突っ込んだまま大股で伊勢佐木町モールへと
向かった。バーを求めて足を更に速めた。



伊勢佐木町モールに到着するや否や、背中に刺繍の入った上下ジャージを
着たコワモテのお兄さんたちから「お疲れ様です」の声を掛けられ深々と
お辞儀をされる始末。
ジャージの背中には怪談話で有名なタレントの苗字に「会」がついている。
誰もが知る恐ろしい組織の名前がデカデカと刺繍されていた。



誰かと間違えられているのだろうと考えて、都度「お疲れ様」と返事を返しながら
大股で早足で立ち去る。今度は如何にも呼び込みかキャッチ風のスーツ姿の
若者達から深々と丁寧にお辞儀をされ「お疲れ様です」の声を掛けられ始める。



やがてその筋の方で、それなりと思われる方々が現れ、目礼されたり、目線で
合図されたりする始末。



さすがにこの段階で、かなりヤバイ人に間違われているということに気付く。
これはオチオチこの辺で飲んでいる場合じゃないなと本能的に悟った私は、
通りに出てタクシーを拾った。タクシーに乗り込み「桜木町駅前」とだけ告げる。



走り出して暫くすると、ドライバーが後部座席の私の姿を認めて明らかに動揺
の表情をみせた。私が「何か?」と声を掛けるとドライバーは慌てて「いえ、
お疲れ様です。いつもお忙しそうで大変ですね。桜木町はいつものお店の前で
よろしいでしょうか」と丁寧な口ぶり。しかし私は「桜木町駅前」としか言っていない。
いつもの店というのは?やはり完全に人違いをされていることは明らかだ。



「いや駅前でいい」とだけ伝え、あとは押し黙ったまま気まずい雰囲気の中を
桜木町駅前までひたすら我慢した。



札を渡すとタクシーを降りて、そのまま電車で家に帰ることにした。
これは当分伊勢佐木町や関内には近づけないな、そう苦々しく思ったのを
覚えている。その日は東林間の日本料理屋のカウンターで刺身をアテに
日本酒で飲んで家に帰ったのである。



そんな事があった日から1~2週間が経ったある日のこと、友人と新宿へ飲みに
行くこととなった。私は新宿や渋谷、池袋といった繁華街が苦手であった。
学生の時には青山や渋谷近くにも住んでいたことがあるが、社会人となってから
は東京の繁華街へ行くことがなくなった。いつの日から東京の都会がすっかりと
苦手なものになってしまっていた。正直言って気が進まなかったが、友人との
中間地点である新宿が待ち合わせ場として指定されてしまった以上諦める他ない。



この頃は専ら横浜の関内や石川町裏や中華街裏、本牧、野毛なんかで飲むのが
日常だった。



待ち合わせ時間より早く着いてしまった私は歌舞伎町付近を散策するつもりで
足を向けた。何気なく歩いていたが周囲に違和感を覚えた。周囲をそれとなく
見渡すと複数のチンピラ風の男たちが遠巻きに私に警戒しながら近づいて来る
のがわかった。



私は足を速めて路地へと折れた。次の路地の曲がり角に達する頃には、慌てた
男たちが距離を取りながら追いかけて来るのを目の端で捉えた。



逃がすな、見失うな、そんな怒号が後ろから聞こえてくる。これは流石にヤバイな。
小走りに路地を駆け抜ける。やがて全力疾走で路地を走りまわっていた。自分が
どこを走っているのか、どこにいるのかもわからない。



途中ピンクチラシ配りの男がすれ違いざまに「次の角を左へ」とはっきり聞こえる
声で呟いた。私は導かれた様に次の角を左へ曲がった。



チンピラ風の男がビルとビルとの隙間を指差して「そこを通り抜けて通りを出たら
右へ」と短く叫ぶと私の横を通り抜けて行った。



私は身体を横にしてビルとビルとの隙間を横向きで進んで行った。やがて少し
広い通りへと出た。通りに出ると右へと走った。雑居ビルの建ち並ぶ通りに風俗嬢
らしき若い女が立っていた。私と目が合うと「そこの○○というバーに入って」と
鋭く叫んだ。



女の立っている10メートル先に○○というバーの看板が出ていた。
一瞬バーへ入ることを躊躇したが、即座に決断して1Fにあるバーへと飛び込んだ。



バーテンダーがカウンターの中から顎と視線で店の奥を指して「奥のトイレへ」と
私に短く声を掛けた。私は頷くと彼が視線と顎で指し示したトイレのドアを開けて
中へと入った。



トイレのドアを開けると更に男性用と女性用のドアがある。鏡が設えられた手洗い
のところに女性が立っていた。その女性は女性用トイレのドアを開けて私を手招き
した。女性用トイレには斜めに上へと開く窓が開けられていた。



女性はテキパキと私に指示を与えた。「その窓から出て左へ行って。右は駄目。
直ぐ店の横に出ちゃうから。左にまっすぐ行ったら突き当たるからその右にビル
沿いに進んで。ツーブロック先の通りに出れるから」。私は頷いて「ありがとう」
と短く礼をいい、窓を抜けて雑居ビルと雑居ビルとの狭い隙間を言われたまま
に進んでいった。横向きになって通れる程度の雑居ビルの隙間をヨレヨレに
なって通り抜ける。



雑居ビルと雑居ビルとの隙間から這い出ると、スモークが貼られた黒塗りの車
が待機していた。運転席の窓から男が顔を出して「こっちです。早く」と声を掛け
てきた。黒塗りの車に近づくと後部座席のドアが開き男が降りて来た。



「こちらです」と丁寧に私を車に押し入れた。運転席に男が1人。助手席にも1人。
後部座席奥に1人。私が乗り込むと、私を挟む格好でさっき車から降りて来た男
が乗り込んだ。車はあっという間に走り出したが丁寧でゆっくりとした運転だった。
どう見ても堅気とは言えない男達に囲まれた私は不安に支配されていた。



長い無言を貫いて運転席の男が言葉を発した。「横浜までお送りするように
いわれています。どちらまで行かれますか?」。いろいろと聞きたかったが、
恐らく私を追い回していた連中も、また彼らも、私を誰かと間違えていることは
確かであった。ここは余計なことは言わないでおくことにした。
「すまないが中華街まで送ってくれ」と答えた。



運転席の男は「わかりました」とだけ返事をした。
「電話をかけさせてくれ」とことわり、携帯で友人に電話を掛けた。
「すまない。急用でいけなくなった。申し訳ない」とだけ、
待ち合わせの友人に行けなくなったことを告げた。



車は高速を降りて中華街近くで私をおろしてくれた。
4人の男たちは始終無言であったが別れる際には「お気をつけて」と声を
かけてくれた。
「ありがとう。助かったよ」とだけ短く礼を述べた。
車は静かに立ち去った。



車から降りた私は極度の緊張と恐怖から開放されたが、小刻みに震える手だけは
どうにも出来ず、震える手を持て余して仕方なくズボンのポケットに収めておくこと
にした。努めて冷静さを維持していたがここへ来て緊張の糸が切れた様だった。



私は誰に間違われていたんだろうか?またその人物はどこの誰なんだろうか?
その人物はこの先どうなってしまうんだろうか? 一挙に去来する疑問とあまりの
理不尽さに対する気持ちが爆発して、何とも言えない感情に私は支配されていた。



コートは逃走の途中でビルの狭い隙間で擦れて汚れてしまっていた。
上衣のポケットからKOOLを取り出して1本口に咥えて火をつけようとするも、
手が小さく震えて火がつけられない。
口に咥えたタバコを諦めて元の箱へと戻した。



こうして私は理不尽な逃走劇から無事に逃れることが出来たのであった。



今でも時々あの事件を思い出すことがある。
私が間違わられた人物は一体誰だったのか・・・
その人物は無事でいるのだろうか・・・



そんなことに思いは巡る。



しかし今となっては知る由もないし、どうでもいいことの様に思ってしまう。
知ったところで何も出来ないし何も変わらないからだ・・・



溜まった疲れに魘されてスコッチで癒される・・・
座興に私の中の未解決事件簿を再び開いてみたのであった。



つまらない話で恐縮です・・・



それではまた・・・








P.S.



因みにこれが上記写真と比較されることが多い人物像である。



GP1-obi-ill01-DATA.jpg

デューク東郷 (さいとうプロ)



gorugo004.jpg

ゴルゴ13 (さいとうプロ)










過ぎ去りし夢のあと

As Times Goes By

It is the story of ancient times not to need words.

古い車


古い車


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プロフィール

きいちゃん

Author:きいちゃん
休日の外食の多くはラーメンと寿司
を食い歩く。
車好きではあるが、走り屋にあらず、
洗車嫌い、カスタムにも興味がなく、
デコもしない。ニッチな独自の
世界に耽る傾向にあり。現在の愛車は
相棒号1号機のMersedes-Benz C
クラスと2号機のHONDA S660。
貿易・通関士・国際複合輸送、海事代理士・
港湾・国際空港ターミナル・免税売店・
ブランドブティックがキーワード。
現在は羽田空港国際線ターミナルと
千葉県にて生息が確認されている。
美味しい料理と美しい車が好物。
ハードボイルドな一面とギャグ漫画の
要素を併せ持つ、見た目は中年、頭脳
は子供、その名は「きいちゃん!」

※写真はターミネーターでもキャシャーンでも
 ありません。本人です。 

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