Kiichi's Cafe 別冊  愛車達とともに・・・  メルセデスの風  

徒然なる Mercedes Benz W205記 

【Kiichi's Cafe】 & 【Kiichi's Bar】

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今から15年程前、web上で【Kiichi's Cafe】というホームページ(以後HP)
を趣味として個人で運営していた時期があります。当時はブログなるものもなく
情報発信は必然的にHPをもって行うのが流行でありました。猫も杓子もHPを
を持つことがブームとなっていました。【Kiichi's Cafe】は一貫したテーマや
題材の様なものがあったわけではなく、オイラが思ったことをその都度選んで
徒然なるままに綴った一種のエッセイを公開する場だったのであります。
オイラの一方的な情報発信の場だったのです。







内容はたいしたものではなく、ブログと然程変わらない形態でありました。
政治的な話や宗教的な話、特定の個人や団体については評論しないスタイル
で、歴史や科学、文学、貿易実務や国際法について、いろいろ講釈を垂れた
覚えがあり、今思えばかなり恥ずかしい独りよがりな内容であったと思います。







HP名の【Kiichi's Cafe】の【Kiichi】とは実は私の本名ではありません
(今明かされる衝撃の事実)。 はっ!? 嘘でしょ!!Σ░(꒪◊꒪ ;))))








いえいえ、本当なのでございます。【Kiichi】は実名ではありません。
ペンネームみたいなものなのです。「ペンネームって!作家かお前は!」
と突っ込みたくなる気持ちはわかりますが事実なのです^^
モノを書いたり描いたりする時には【きいち】の名を使っているのです。
決して中二病ではございません。匿名性を持たせる意味もあるのですが、
【Kiichi】という別人格となって、オイラ個人のシガラミを捨てて客観的な
個人の視点からエッセイを綴ったり、忌憚のない表現をするための工夫
だったのです。







今でもその時の【Kiichi】を使っています。ブログタイトルの【Kiichi's Cafe 別冊】
はかつてのHP【Kiichi's Cafe】の別冊仕立てであり、【Kiichi's Cafe】のシリーズ
的存在であるという自己宣言だったのです。







仕事上でも、業務で様々な資料を作成したり、輸出入や保税・免税売店などに
ついてのテキストを上梓したり、講義を行うこともしばしばなオイラですが、その際
オイラが作成したフローや図式などには【Kiichi's Domination】のロゴを挿入して
います。これは著作権上の権利者をあきらかにするというよりは、これはオイラが
作ったものだという目印としての目的があるのです。【Kiichi's Domination】は
当ブログに於いてもブログカテゴリの中に存在しており、ブログの中では、更に
個人的な内容に踏み込んだものに対して用いています。







社内や一部グループ企業内で使用されているオイラが作成したテキストの一例。
残念ながら中身は非公開とさせていただきます。

IMG_0324.jpg







テキスト内の付属資料にも【Kiichi's Domination】のロゴが挿入されています。

保税003

保税002









オイラのことをご存知である空港関係者やブランドブティックの方々から、実際の
オイラの名前とブログのタイトル、しいては「きいちゃん」のネーミングについての
疑問が寄せられることもありましたが、面倒でまともに説明して来ませんでした。
これを読んでいただいた方はこれで納得していただけたものと思います。







HP【Kiichi's Cafe】をクローズして十数年が経ち、当時の【Kiichi's Cafe】の記録
はどこにも残っておりませんが、【Kiichi's Cafe】HP本編の中に【Kiichi's Bar】と
いう小さなコーナーがあり、その一部が手元に残っています。【Kiichi's Cafe】
のHP中に【Kiichi's Bar】という入口があり、そこをクリックすると別のコーナーに
跳ぶという仕掛けになっていて、その画面の記録を印刷したものが保管されて
いました。HP画面を印刷した紙ベースのものなのですが、スキャナーでJPG.
として取り込みましたのでその一部をご紹介致します。






 
こちらが、【Kiichi's Cafe】から【Kiichi's Bar】へと移動した最初の画面。
更に画面上の【Kiichi's Bar】の文字をクリックすると・・・

005.jpg







こちらの画面へと移動。
更に【OPEN】の文字をクリックすると・・・

001.jpg







MENUのページへと移動。
更にMENUから見たい作品名をクリックするとMENUページから
作品のページへとスクロールする仕掛けとなっていました。

002-01.jpg







今となっては浅薄で若気の至りと申しましょうか
お恥ずかしい話でありますが、【Kiichi's Cafe】を訪れた方々と自身を
慰めるための応援歌的な要素の強い作品を発表する場が【Kiichi's Bar】
であったのです。







ここまで晒してしまいましたので、ついでに【Kiichi's Bar】の中身をちょっぴり
ご紹介致します。上記のMENUのページに記しを付けた2点を紹介します。







【Kiichi's Bar】は散文形式で著した【Very Short Story】と、読み切りスタイルの
ショート・ショート的な物語の【Short Story】から構成されていますが、飽くまで
素人の遊びの作品ですので、内容の稚拙さや独りよがり的な要素につきまして
はご容赦下さいませ。







【Kiichi's Bar】    【Very Short Story】   【自分】







興味のある方はどうぞ^^
読まれる際には下に用意したBGMをご利用下さい。



浜田省吾 /  DANCE







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【Kiichi's Bar】    【Short Story】      【白狐】







こちらを読まれる際にはこちらのBGMをどうぞ。



Billy Joel / Stranger







ブログ用 001

ブログ用② 001







そしてこちらがおまけページである【Addenda】を読み終わったあとに
登場する【Kiichi's Bar】の最終ページとなります。こちらのページの
【CLOSED】の文字をクリックするともとの【Kiichi's Cafe】のホーム
に戻る仕組みとなっていました。

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元情報が紙ベースに残った印刷されたものですので、実際の画面と
表示された背景の絵が一部異なるものもありますが、HP自体残って
おりませんのでその辺はご容赦下さい。実際の画面イメージを印刷
したものとHP作成時に使う元原稿が混在となった写真を使って説明
をしております。







結構凝ったつくりのHPだったことはおわかりいただけると思います。
当然プロに作っていただいたものです。私には出来ませんので・・・。
友人のwebデザイナーとその仲間の協力により【Kiichi's Cafe】は
運営されていたのです。






今回はブログタイトルの【Kiichi's Cafe】とその姉妹的存在の【Kiichi's Bar】、
更には【Kiichi】のネーミングについて少し紹介をさせていただきました。







今回またしても、始終、個人的な話となってしまいました。恐縮です。







それでは・・・See you next time. ꉂꉂ ( ˆᴗˆ )✌








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物語の中の車たち

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今回は車のお話です。







ここ十数年、私は小説を読まなくなってしまった。
勿論本を読まないわけではない。興味のある新書や出版物は今でも
購入して通読している。しかし物語は何故か読まなくなってしまったのだ。
高校生の頃から40歳位までは小説や文学はほぼ毎日読み、個人蔵書は
千冊を超えるほどであった。40代の時、蔵書は廃棄したり人にあげたりで
全て処分してしまった。






その他創刊から集めていた雑誌も全て処分してしまった。いわゆるこれも
俗にいう断捨離の一つなのかも知れないと思ったりもする。






更にコレクションしていた品々もあったのだが、集めるという行為をこの頃
からしなくなってしまった様に思う。






物欲はあるし物は買う。でも必要がないものは揃えないし、手放してしまう。
良く良く考えれば断捨離というわけでもなく、ただ単に面倒臭くなったのかも
知れないし、飽き症になってしまったのかもしれないが、そこの追求はなされ
ないままではある。






意外かもしれないが、こう見えて私は文学が大好きであった。見かけからは想像
出来ない本の虫だった。世界の主だった文学から始まり、やがて高校生の頃には
司馬遼太郎などの時代小説を読み耽けり、大学生の頃には三島由紀夫にはまり、
20歳位からはとりわけハードボイルド小説の虜となってしまっていた。






ハードボイルド小説はダシール・ハメットから始まり、レイモンド・チャンドラー、
ギャビン・ライアル、ミッキー・スピレイン、ロバートBパーカー、トム・クランシー、
大藪春彦、北方謙三、志水辰夫、逢坂剛、船戸与一、原寮にまで及んで読んだ。
元祖ハードボイルドと言えばアーネスト・ヘミングウェイの乾いた文体が元祖かも
知れないが、いずれにせよ全て網羅して読んでいるので私の中では問題はない。






現代のハードボイルド小説には格闘シーンや銃器、そして車が付き物である。
格闘シーンがないものもあれば、銃器でドンパチするシーンがないものもあるし、
車に拘ったものもあればまったく車が登場しないものもあるが、概ね現代の
ハードボイルド小説にはこの3点が付き物ではないだろうか。







大藪春彦氏の作品はとりわけこの3点が強調されていて特に異質であることは
否めないところであるが、ハードボイルド小説にこの3点が印象深く結びついて
いるのは氏の作品の影響するところが大きいからだと私は思っている。氏の作品
の中身は銃器と車の描写にほぼ当てられているといっても決して過言ではない
ほどである。そこから氏の作品のリアリティが生まれているわけでもある。







これら物語の中で車が重要な役割を果たすことは決して珍しいことではない。
現代の映画「ワイルド・スピード」や「ワイルド・マックス」などでは物語の主たる
キャラが車そのもだったりもする。アニメの「マッハGO!GO!CO!」も米国で
「スピードレーサー」という題名で実写化されたことは記憶に新しい。
またTVシリーズであった「帰ってきたウルトラマン」で、怪獣攻撃部隊 MATの
隊員が乗る特殊車両がマツダのコスモスポーツであった。小学生だった私は
マツダコスモスポーツの虜であった。

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北方謙三氏の初期の小説にはマセラッティが良く登場する。
「傷だらけのマセラッティ」というタイトルの小説まで氏は上梓している。
北方謙三氏と徳大寺有恒氏は昔からの懇意で旅行も度々一緒に行く
ほどの仲である。因みに北方謙三氏は私の大学の先輩にあたるが、氏は勿論
そんなことはご存知ない。まぁ、当たり前の話である。
免許とりたての北方氏に徳大寺氏は、初心者には似つかわしくない車として
マセラッティを薦めて、それ以来氏はマセラッティを乗り継いでいるらしい。
作品のみならず本人まで感化させてしまう魅力を持つマセラッティは凄い。

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古典とされるギャビン・ライアル氏の作品「深夜プラスワン」の中ではシトロエン・DS
が大活躍するし、大藪春彦氏の作品は全編を通して各主人公が自在に駆る改造車
(スカイラインやBMWなど)がストーリを盛り上げているのである。

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初期型丸目2灯のシトロエン・DS (写真はシトロンHPより)







大藪春彦氏の原作による映画「蘇る金狼」の中で、松田優作演ずる朝倉哲也が
野望の末に会社を乗っ取ることに成功し、地位も名誉も巨万の富も手中に収め、
ランボルギーニ・カウンタックLP500Sウルフを駆るシーンは印象的であり、
多くの人の記憶に残っているものと思われる。

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ランボルギーニ・カウンタックLP500Sウルフを駆る朝倉哲也。







また映画と言えば「007」シリーズに登場するボンド・カーは毎回映画の見所の
一つとまで言われている存在でもある。
「007 ロシアより愛をこめて」ではベントレーだったボンド・カーは以後アストン
マーチン・DB5となり、シリーズ5作目の「007は二度死ぬ」ではTOYOTA 2000GT
が晴れてボンド・カーの地位にまで登り詰めた。以後はロータスやメルセデスが
登場し、BMWなどを経てここ数作はアストンマーチンがボンド・カーとして帰り
咲いている。

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アストンマーチン・DB5








2013年以降から現在のジェイムズ・ボンド役であるダニエル・クレイグ氏は、歴代の
ボンド・カーの中で最も好きな車としてこのTOYOTA 2000GTの名を挙げている。

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TOYOTA 2000GTとボンド・ガールの若林映子さん①


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TOYOTA 2000GTとボンド・ガールの若林映子さん②







物語の中の車として印象深いのが、1980年公開の映画「アメリカン・ジゴロ」の
オープニングで登場する「Mercedes Benz 450SL (R107)」である。

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写真はアメ並またはアメリカ仕様のためバンパーが大きくせり出している。






主人公ジュリアン演じるリチャード・ギアは、ビバリーヒルズの金持ち婦人を相手に
商売をするジゴロ。彼はジゴロ界切っての売れっ子だったが、ある日彼の客である
金持ちの女性が殺害される事件が起き、ジュリアンは犯人として逮捕されてしまう。

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ここでは映画の詳細には触れないが、ジュリアンが身体を鍛えG.アルマーニの
スーツをセレクトし、颯爽とメルセデスの 450SL を駆る姿に憧れの念を抱いた
ものである。
ブロンディ(ボーカルのデボラ・ハリー)の歌う「 Call me 」と相まって本当に
カッコいいシチュエーション映像であった。

見たことのない方はポチッと・・・4分少々です^^










余談だが、デボラ・ハリーはNORMA JEAN(マリリン・モンロー)の実子と長年に
わたり噂されていたが、その真偽は未だに明らかにされていない。








物語の中に登場するいくつもの車たちにも、それぞれにヒストリーや逸話があり
興味深いが、ここではそれぞれの詳細には触れていない。ほんの触りをご紹介
しただけです。興味があれば調べて頂ければよろしいかと思われます。







前半、断捨離とかなんとか言ってましたが、やはり車に対する物欲はまだまだ
強い様です。金持ちは回収率の低すぎる宝くじを買わないといいますが、貧乏人
は僅かな希望に夢を託すしかありません。







年末ジャンボ買いに行かないと・・・、そうそう、BIG も LOTO 7 も・・・







だって欲しいものイッパイ有りますもん・・・







それでは・・・See you next time. ꉂꉂ ( ˆᴗˆ )✌








追伸

老眼が進んで小説や文学が読みたくなくなったんじゃ・・・ない・・・と信じたい











過ぎ去りし夢のあと 【ボギーズ・バー編】

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今回も80年代のお話を少し・・・







昔、六本木にあったバーの話です。下のBGMを聞きながら読んで
頂くことをお薦めします。基本読んであまり面白いお話ではないかも
しれません。中年オヤジの戯言ですから・・・。せめて華を添えたい
と思うだけでありますが・・・



あまり哀愁があってもアレですし、時代があってなければイメージも伝わらない。
「Casablanca」や「Key Largo」ではあざといし、月並みなJAZZでは陳腐かも
知れない。そこで80年代の曲から「BERTIE HIGGINS」の「Pirates and Poets」
を選びました。あまり気取らずカッコもつけずに80年代のあのバーの雰囲気が
少しばかり伝わる様な気がしたので・・・。ポチッと押してから本文をお読み下さい。







80年代、オイラが大学生の頃、六本木に【ボギーズ・バー】というバーが出来た。
具体的な年月と場所は今となっては定かではない。Webで検索してもあまりヒット
しない。曖昧な当時の記憶を辿ってみても確実と思えることは非常に少ないのだが
完全に記憶から消え去る前に曖昧なままであっても覚えていることを残しておきたい
と思ったのでつらつらと記しておきたいと思う。







映画カサブランカの中のボギー演じる主人公「リック」に憧れていたオイラは
【ボギーズ・バー】という店が出来たと聞くやいなやそのバーに出掛けて行った
ことを思い出す。







名前は失念してしまったが、青山レオンで一緒に働いていたモデルの男の子から
その話を聞いて早速その日の夜に彼女を伴って出掛けたのを覚えている。







建物をエレベーターで上がって行き、エレベーターのドアが開くとそこには映画で
みた「Rick's Cafe American」の入口が見事に再現されたバーの入口があった。
エレベーターの前がやや広めのホールとなっていて建物の中に別の建物がある
かの様な贅沢な造りだったことを記憶している。

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オープンからまだ間もない時期であったためか入口にはモロッコの民族衣装を
まとった黒人が入口で客の出迎えを行っていた。

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写真は「Rick's Cafe American」の前に佇む主人公リック







案内を受けて店に入り、周りを見渡すとカウンター脇のピアノの傍には主人公の
リックと同じ服装をしたダンディーな男(恐らく店主か?)が座っているのだった。
店内の内装はスクリーンの中の店と同じように見えた。勿論映画のそれほど広く
はないのだが・・・

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彼女をエスコートしてテーブル席に着くと彼女にはドライ・マティーニを、オイラは
ワイルドターキー8年のダブルをロックで注文。ブーブクリコ(シャンパン)とキャビア
とはいかなかったが、チェイサーとナッツ(を含む簡単なツマミ)は合わせてオーダー
したことを覚えている。







当然の様に煙草を咥えてマッチで火をつける。
今では考えられない風習がまだ当たり前だった頃の話である。

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バーボンを5~6杯おかわりする間に恐らく1箱分の煙草は灰になった
はずである。彼女と何を話したかは今となってはまったく覚えていない。

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オープン当初は週に何回か決まった時間に生演奏が行われていた気がするが
定かではない。他に通ったJAZZ BARと混同しているかも知れない。なにせ記憶
が曖昧なのである。







その後も彼女を連れて数度【ボギーズ・バー】を訪れている。
彼女だけではない。友人と訪れたことも、ひとりで訪れたこともある。
今となっては何度通ったかは覚えてはいないが十数回は行ったはずである。







当時、業界人やレオンに出入りする方々も【ボギーズ・バー】のカウンター
やテーブルで夜な夜な見かける様になり、私の店を訪れる回数も徐々に
減って行った。仕事とプライベートが混同することを嫌った結果だった。
やがて私も卒業準備やら就職活動で忙しくなり【ボギーズ・バー】への足が
遠のいて行った。レオンを去り、一時期東京を去ったオイラはやがて横浜
へと戻ったが、風の噂で【ボギーズ・バー】が閉店したことを耳にした。

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その後もオイラはバーへは出掛けたし、禁酒の身である今現在もバーへと
出掛けたくなることがある。地方や海外に行けば地元のバーへはあまり出掛
けないが、ホテルのバーラウンジでグラスを傾けることが多い。
料理屋や居酒屋やバーで酒は飲むがオイラはスナックやホステスのいる
クラブなんかは絶対に行かない。スナックやクラブを別に低く見ているわけで
はない。酒を飲んで女を侍らす、女性に酒を注いでもらうのも好きじゃない。
自分のペースで気にせずに酒を飲みたいからに他ならない。

仕事の付き合いで料理屋や居酒屋以外にスナックやクラブに相手方の都合
で行かなければならないのは正直苦痛である。カラオケもオイラは行かない。
酒を飲んで唄を歌う趣味もない。付き合いの悪い方ではないが嫌いなものは
嫌いだし、嫌なものは嫌だ。行きたい人が行けばいい。

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美味い料理に酒、仲間と飲む居酒屋での酒。大好きである。ひとりまたは
数人とバーで飲む酒もまた大好きである。スナックやキャバクラへは行かない。
高級クラブや会員制のお高いクラブにも用はない。好きな人は行けばいいし、
行きたい人は行けばいい。やはり酒は自分の好きなように好きな場所で飲め
ばいいと思う。禁酒中の今、余計にもバーへ行きたい衝動に駆られることが
ある(アル中かもしれないと思っています)。ひとりでカウンターの端に腰掛けて
ナッツ程度でスコッチ(出来ればマッカランやタリスカーの18年以上)をやりたい。
バカうるさい小僧どもや場をわきまえない女のいない(差別主義者です)場所で
静かに飲みたいと思う。







時にはカナディアンクラブやブランデーなんかもいい。カナディアンクラブは高価
だから比較的安価なカナディアンウイスキーのクラウンローヤルでも十分である。
ブランデーだったらやはりマーテルかヘネシー、レミーあたりから選びたい。







仕事柄、酒は非常に良く扱っている商品であるので好みはしっかり持っている
つもりである。酒や煙草、ブランド品(鞄や財布、ベルト、アクセアサリー、時計等)、
香水化粧品等はメーカからの仕入れから輸入(通関)まで長年仕事で培ってきた
部分でもある。また空港勤務以前の職は海運関係でもあったので、海の男たち
の好みも身に染みているのだ。







そう、要は頭をカラにして静かに飲みたいのだ。
自分の好みのものを、自分のペースで。







それ故、最近あまり見かけなくなったバーらしいバーが懐かしくもあるのだ。
【ボギーズ・バー】が必ずしも正当なバーかといえばそうではないかも知れない。
正当なバーではあったかもしれないがオイラを含めた乱痴気な客が主体で店の
素晴らしさに客層が比例していなかった時代だったのだと思う。







成熟の時を迎えて思うのは、今あの【ボギーズ・バー】があったらもっと本当に
あの【ボギーズ・バー】を楽しめたかも知れないということだ。
今ならあのバーの本当の良さがわかる気がするのだ。造り込んだ拘ったお店
にバーテンたち。外国人の従業員も非常に多かったと思う。日本にあんな
シチュエーションのバーは他にない。戦乱期の混沌とした国際的な舞台に
描かれた架空の店がモチーフとなっているのだ。あり得る話ではなかったのだ。

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それでも思う。
あの【ボギーズ・バー】があったならばと・・・







しかしそれもすべては、過ぎ去りし夢のあとを見ているだけなのだが・・・







因みに【ボギーズ・バー】に一緒に行った彼女はオイラの嫁である。
それも30年以上前の話である。







すべては過ぎ去りし夢のあとなのかも知れない。







以前良く聴いたJAZZボーカルのアルバムにも
【過ぎ去りし夢のあと】というのがあったっけ・・・

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つまらない話で恐縮です。







それではまた・・・


















青山レオン

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1980年代のお話しです。

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二十歳 明治神宮にて





30年前位、オイラは苦学生で、アルバイトをして学費と生活費を稼い
でいました。いろんなバイトを経験し掛け持ちでも働きました。
そんなんだから学校もあまり行かず、生活費と学費を稼ぐことが主と
なってしまっていて本末転倒な有様だったのです。当然成績は最悪。
何のため大学に通っているのかさえ疑問に思うほどでありました。




母ひとり子ひとりの貧乏生活。高校まで進学させてもらえば御の字
のはずなのに、現状を把握出来ないオイラは何をトチ狂ったのか
東京の大学を受験。合格後、アルバイトで生計をたてて学生生活を
送っていました。




ある日、青山をブラブラして一軒の喫茶店の前を通ったとき、店のウインドウ
に「スタッフ募集」の張り紙を発見。張り紙を眺めているとスタッフの一人が
手招きして「バイトしたいの?」と店に招き入れてくれました。




お店は青山通りに面した場所、今はもうない東急ビルの1F。246(青山通り)
とキラー通り(骨董通り)の交差点近く、すぐ近くにはベルコモンズ、向かいは
大丸ピーコック、最寄りの駅は地下鉄の外苑前駅で、表参道駅へも10分位
で行ける場所にあった。お店の外装はガラスばりで内装は黒一色。テーブル
も全て黒。床も黒のタイル。椅子は背もたれと座面が籐製で出来た黒い木製
の椅子だった。そんな感じのお店でした。




スタッフが一人の中年の女性に耳打ち。ママと呼ばれるオーナーでした。
ママは一通り私を眺めると「うん、いいわ。働いてちょうだい。うちにいない
タイプだから」それで面接は終わり。翌日から働かせてもらうことに。




このとき女性スタッフは一人だけ。後はすべて男性。私が働かせて
もらった時のスタッフはチーフのヒロさん。リキさん、ユタカ君、かっちゃん、
フー、ノンさんといったメンバー。その後、モデルのタマゴや若い男の子の
スタッフが入店。チーフのヒロさんは東京キットブラザースかなにかの
元メンバーで柴田恭兵氏と懇意だった。ヒロさん自体も大女優の●●●●
と交際していて恋人関係だったなど、結構凄いバイト先でした。




後で知った話ですが、お店の本当のオーナーは質屋グループのセキネの
社長。奥様であるママがホストクラブ通いが激しく、旦那が落ち着かせる
ためにママに店をやらせることにしたのがレオンだとだいぶ後になって古株
のスタッフ達から教えていただいたのでした(事の真相はわかりませんが)。




私が働かせてもらったこの店は「青山レオン」という喫茶店で、今で言う
カフェ的なお店。レオンは青山店と原宿店とがあった。




私が働く遥か以前にはIVYファッションで一世を風靡したVANの社長が
初代青山レオンのチーフだったそうだ。その後その方はVANという会社
を立ち上げてファション界の寵児となった。私がレオンで働く遥か以前の
大昔の話であります。




原宿店では一時糸井重里氏がチーフであったことは有名である。
セントラルアパートを拠点とする彼や多くのクリエーターが原宿レオン
の文化を形成していったことは周知の通りであります。
原宿店のその頃の客層は舘ひろし氏や岩城滉一氏などクールス
のメンバー、山口小夜子さんなどが常連客として名を馳せていた
様です。JUNというブランドが立ち上がりそれ以降客層が変わった
とも駅前のオートバイの駐車規制が原因とも曖昧な話が伝わっている。
これもオイラが働く前のだいぶ前の話である。
私が働いていた時代にはママの娘のきょうこさんとマネージャーで原宿
店は運営されておりました。




オイラはここで働くまでレオンなる伝説のお店のことはまったく知らなかった。
上京するまで静岡県の伊豆半島の付根で暮らしていた田舎の少年である。
今のように情報は豊富ではなく、TVか雑誌、クチコミしかない時代でありました。





実際に青山レオンで働き始めると、早朝は子供を幼稚園に送る主婦達のたまり場、
その後はホットドッグプレスやポパイなどの雑誌編集関係者やモデルが打ち合わせ
に訪れ、外交官関係者、芸能人と続いて、正午からはベルコモンズや第一勧銀の
OLさん達で賑わい、午後3時位から閉店までがまた芸能関係者で溢れるという
感じ。




当時の常連さんはゲイ界の重鎮吉野のママ(毎日来ておりました)や黒川紀章さん
(毎朝アストンマーチンランゴダで来ておりました)。岡田真澄さんや美川憲一さん、
おすぎさん、ピーコさん。フジテレビの横澤さんなど多彩な顔ぶれであふれて
いました。そのほか多くの芸能人やスポーツ選手で日々賑わっておりました。
故大原麗子さんと森進一さんもこちらでデートをしておりました(当時携帯やポケ
ベルもなく連絡は専ら公衆電話。大原さんからの電話を森さんに取次ぎしたり
してました)。




レオンの特徴はコーヒーのおかわりが無料で出来る事でした。しかもコーヒーは
本格的でした。トラヤコーヒーのブルマン、コロンビア、モカ、キリマンでレオン独特
のリッチなブレンドを仕立てていました(コスト度外視です)。豆のブレンドはきっちり
叩きこまれましたのでおそらく今でもブレンドは出来ると思います。サイフォンと
アルコールランプで本格的にコーヒーをたてますので、コーヒーメーカーや
バリスターマシーンのものとは一線を画する味だったと思います。
味も香りもコクもすべて濃い目のコーヒー。オイラは今もこいつが一番です。
アイスコーヒーやガムシロップも市販品ではなくすべて手仕込みで作りました。
BJ(バタージャム)トーストやチーズトーストで腹を満たしたものです。
この間は本当にいい勉強になりました。




色々な世界の方々がいて、それぞれに癖や世界感をお持ちで、人間観察や
人との関わり方など自然と周りから教わった感があります。まさに人生勉強の
場でもありました。




吉野のママが度々ご馳走してくれた食事や増田屋の出前なども忘れがたく、
スタッフや常連さんの顔と共に記憶にしかっり刻みこまれています。




私も大学卒業前にレオンを去り、その後東急ビルが取り壊しになり
長く続いたレオンの歴史は幕を閉じたのですが、その後伝説だけが
語り継がれる店となり、今ではその伝説を知る方々も少なくなってし
まいました。




当時のスタッフと付き合いはなく消息もわかりませんが、リキさんはコピー
ライターとして大成されていて、芸能活動やモデルの仕事をしていた方々
の消息は不明のまま・・・
まぁ、オイラは一番地味な存在だったので目立つことも才能もなく、オイラの
ことを覚えてらっしゃる方も少ないと思いますが。




ここでの経験や人脈があまり生かされていないのはオイラ自身の問題ですね。
まあ、そんなことを考えてここで働いていたわけではありませんので・・・




ただただ、懐かしく感じるだけのオイラのサイド・ストーリーでした。




レオンにいる間に様々な事件や出会いもあったのですが・・・
まあ、それはオイラがそのまま抱えていればいいお話です。




今回はオイラが若かった時の話を少しだけしてみました。恐縮です^^




何かにつけ最近思い出すのはこの頃のことばかりです。
オイラも歳をとったと感じる今日この頃です。







See you next time. ꉂꉂ ( ˆᴗˆ )✌











【番外編】 趣味未満の慰み・・・私の場合 

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天候に恵まれない日々が続きます。外出も減り、画材の買い足しなんかをして
気を紛らわせておりましたことや水彩画を少々描くことをこのブログにてポロッ
と書きましたところ、私が水彩画を描くということがよっぽど意外だったのか、
周囲からは「嘘はよくないよ」、「いやいや、ありえないでしょう」、「ハハハ、洒落
にもならない冗談はやめて下さい」、「格闘技やサーフィンの間違いでしょう?」
「は?嘘でしょう?!」(←これが一番ムカつく)の罵詈雑言を浴びせられる始末。
いったいどんな目で人を見ているんじゃ! ||| ド(´Д`|||) ヨーン







確かに自分でも絵は決して上手いとは思わないし、趣味といえる程に力や情熱を
傾けているわけでもありませんから、何かの話が出た際に絵を多少描くことは話す
ことはありますが、普段は特にこのことには触れませんので、公には「車が趣味」、
「ガタイがゴツイ」、「顔がコワイ」のイメージしか浸透はしていないかも知れません。
だからと言って、嘘つき呼ばわりやホラ吹き扱いは心外であります。
(๑꒪▿꒪) * こいつら本人を前に言いたい放題・・・






まあ私がうっかりブログで書いてしまった為、責任は私にありますが、証拠を
見せろだの、本当かよ?って犯罪者ですかオイラは^^;  仮に私の言う事が
嘘に聞こえたにしてもそこは「へぇ、そうなんですか」って流すのが大人なんじゃ
ないんですか
なんか悔しいってよりも情けなくなってしまいます |||







いろいろとめんどくさいですし、今後私の正当性が問われるのも嫌なので、
仕方なくいままでに描き溜めたスケッチブックから十数点をご紹介します。
2・3点出したところで、「それ今描いたんでしょう」とか言われそうなんので
昔に描いたものからいくつかあげさせていただきます。

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但し、上記でも理っている通りに決して絵は上手くありません。しかも全くの自己流。
デッサン力や基本も恐らくは持ち合わせてはいません。ですから趣味とも称してい
ませんし、普段そんなに描いたりしません。気が向いた時にたまに描くだけですので
上達すらしていません。では何故公開するのか?嘘つき呼ばわりやホラ吹き扱い
されるのがそれ以上に嫌だからに他なりません。もはや名誉のため恥を忍んでの
ことなのです。あー、ブログにあんなこと書かなきゃ良かったって痛烈に後悔して
います・・・

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というわけで今回は番外編としてお届け致します。
トホホ・・・だよ、オイラは・・・(/ー\*) ああ、恥ずい・・・








水彩画 風景・スケッチ・他







風景画などは大体30分以内に仕上げるものがほとんどです。
私の場合はスケッチブックはF1からF3位の持ち運びに便利なもの
しか使わないので仕上がりは早めです。またイーゼルは使わず
そのままスケッチブックを手に持って作業するか、膝の上、若しくは
地面等に置いて仕上げるお気軽方式です。







Dino 246 GTB

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滋賀県彦根市 彦根城の天秤櫓と櫓門

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京都 東寺 比叡山遠望

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秋田県 角館

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京都 仁和寺

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千葉県 習志野市 竹林

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千葉県 船橋市 竹林

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茨城県 稲敷郡河内町風景

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京都 仁和寺 遠景

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千葉県 佐倉市 印旛沼周辺風車小屋

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千葉県印旛郡 1月深夜夜景

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島根県 津和野町 太鼓谷稲荷神社

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長野県 安曇野市穂高 信州大王わさび園 水車小屋

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千葉県 香取市 佐原 樋橋(じゃあじゃあ橋)

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水彩画 海外スケッチ







エチオピア連邦民主共和国 ラリベラ岩窟教会群にて

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アルメニア共和国ケガルト修道院

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フランス ボルドー地方 ドルドーニュ川

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フランス マルセイユ風景

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水彩画 静物







部屋でまったりとして仕上げます^^







長ネギ

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りんご

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食卓 桃とプルーンとブドウパン

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落葉

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分葱

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水鉢と花

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果物 苺・巨峰・キウイ

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水彩画 模写・練習








著名な水彩画家の絵を模倣して練習することもあります。
奥津氏や青木氏の画調が好きで真似ていますが技術がないので
今ひとつ真似できません^^






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水彩画 人物画








人物画は風景画よりも時間をかけて描きます。
小さなスケッチブックでも最低2時間以上はかかります。







モデル 一恵さん

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モデル 華緒さん

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モデル 美里さん

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モデルさん

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モデル 嫁(20年前)さん

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色鉛筆画 いろいろ







水彩画とは異なりますが水性色鉛筆や油性色鉛筆でも希に描いたりします。
こちらの画材は私にはあまり向いていませんので現在は色鉛筆画は描かなく
なってしまいました。







草花

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カサブランカ

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モデル 一恵さん

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紫陽花

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モデルさん

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白い野薔薇

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久しぶりに水彩画のスケッチ用の道具を引っ張り出しました。
ここんとこご無沙汰でした・・・
こちらはスケッチ用の道具の一部です。家用の道具はまた別にあります。
パレットや絵の具、筆も様々なものを使用しています。

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秋になったら数枚描いてみますかねぇ・・・
日頃疲れていると、余り絵とか描きたくないんですよねぇ。
暇だなぁ、なんかすることないかなぁって時に描きたくなるんですよね。
私の場合・・・。ここ数年忙しくて絵からすっかり遠ざかり気味で・・・

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リタイヤして多少生活に余裕があるようであれば、老後の趣味として
いいかなぁって思っています。老後にはまだちょっと早いですがラウニー
36色の絵の具は買っちゃったしなぁ^^  そのうち何枚か描いてみる
つもりです。そんな遠くない内に。

P9030837.jpg







実はリタイヤ後にやりたいことはあるのです。
まぁ、絵とは関係ないんですが。経済的に豊かでないと現実的には
厳しいんで今のところは無理っぽいのですが・・・。







リタイヤ後、再び大学に通いたいと思っているのです。
大学卒業後、十数年が経った時、学生時代に勉強をまったくせず
遊び呆けていたことの後悔に苛まれて、再び大学に通い勉強を数年
していたのですが仕事に追われて学業の道を断念してしまった過去が
あるのです。三度、大学にて学びたいという想いがあります。
卒業した母校の別の学部で就学していたのですが、その続きか、または
別の大学で別の学部に通いたいと思っているのですが・・・。
現実は厳しく高額な学費をリタイヤ後に払い続けて生活していく余裕は
ありません。







まぁ、大学に通わなくとも勉強は出来るのですが、どんな学問をどんな
スタンスで勉強したいのか、今、思案中です^^ 
文化センターやカルチャースクールとかは考えていないんですよね。
大学で学問に取り組みたいという気持ちだけが強くて・・・。
リタイヤ後、生活が出来るかどうかも怪しいのに何を夢見ているんでしょうか。
生活出来たら放送大学でもいいかなぁって思っているこの頃です。







実現可能かどうかハナハナ疑問ではありますが、生きていく上での張合い
は欲しいところであります。人それぞれにそのカタチは異なるとは思いますが。







これも私の一面なのですよ諸君! 
( *• ̀ω•́ ) わかったかね、チミ達 !

コメントも拍手も入れないが文句だけをたれる知人の方々様への
暖かいコメントです^^ 一般の方々はココはスルー願います。











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プロフィール

きいちゃん

Author:きいちゃん
休日の外食の多くはラーメンと寿司
を食い歩く。
車好きではあるが、走り屋にあらず、
洗車嫌い、カスタムにも興味がなく、
デコもしない。ニッチな独自の
世界に耽る傾向にあり。現在の愛車は
相棒号1号機のMersedes-Benz C
クラスと2号機のHONDA S660。
貿易・通関士・国際複合輸送、海事代理士・
港湾・国際空港ターミナル・免税売店・
ブランドブティックがキーワード。
現在は羽田空港国際線ターミナルと
千葉県にて生息が確認されている。
美味しい料理と美しい車が好物。
ハードボイルドな一面とギャグ漫画の
要素を併せ持つ、見た目は中年、頭脳
は子供、その名は「きいちゃん!」

※写真はターミネーターでもキャシャーンでも
 ありません。本人です。 

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